SADとは

Social Anxiety Disorder の略語です。直訳すれば「社交不安障害」です(昔は社会不安障害と言われていました)。と言われても、なんだかピンと来ないかもしれません。昔から使われている言葉で言えば、上がり症、人見知り、対人緊張、対人恐怖と呼ばれます。多汗症(精神性発汗)、赤面症、どもり(吃音)も、これに含まれます。

古くて新しい病気

昔から、この病気や症状に悩んできたひとは少なくありませんでした。
しかし、15年ほど前から、薬物療法の進歩によって、新たに注目を集めるようになりました。
インターネットなどの情報で見つけ、説明を読んだり、チェックテストを行って、自分はもしかしたら、この病気なのではないかと思い、受診する方がとてもたくさんいらっしゃいます。
当院では、1ヶ月で、数名の初診のかたがいらっしゃるほどです。
実は、昔から困っている方は多かったのですが(いろいろなデータがありますが、1-2割程度とされています)、SADのかたが心療内科や精神科に受診することが急増してきたのは、この10年ほどです。
また、最近は、会社や大学で、会議やゼミ、転職活動や就職活動で、プレゼンをする機会が非常に増えているという事情もあると思います。
患者様と共にこの10年間で、当院では、治療のノウハウが積み重なってきました。
チームリーダーや課長など管理職になったかたや、営業のかた、就活前後の若い方は通院しながら徐々に自信をつけて、問題無く社会生活を送っています。

診断

大勢の人の前、苦手な人、威圧的な人、上司の前で、話したり、食事をしたり、文字を書いたり、パソコンを操作したり、電話で話したりするとき、緊張しやすいひとがSADと診断されます。
正確には、「非常に」緊張して、動悸がしたり、声や手が震えたり、汗が止まらなくなったり、不安と緊張で、頭が真っ白になって、何を言っているのかパニックになり、恥ずかしい思いをして、二度とこんな思いをしたくないと、トラウマが出来てしまい、そのような場面や状況を「回避」するようになると「病気」と診断出来ます。
多くの人は、そういう場面では、大なり小なり緊張しますが、その症状のため、大事な場面を「回避」するようになり、生活や、仕事や、学業に支障が出るようになると、治療の対象になります。治療をしないと、悪循環となって、トラウマが大きくなり、「回避」が続き、大事な場面で本来の能力を発揮できず、悔しい思い、悲しい思いをし続けることになります。

場面や状況

起きやすい場面には次のようなものがあります。
プレゼン、ミーティング、会議、朝礼など、大勢の人の前で発表する場面が代表的です。
営業、商談など、初対面の人と会って話すとき、緊張してしまい、うまく話せないこともあります。
「会食恐怖」とも言いますが、人前で、特に大勢で会食するときに、何となく緊張して、食欲が出ず、ほとんど食べられず、会話も弾まず、嫌なつらい思いをするかたも、意外に多くいます。
話しにくい上司や先輩、お客様に、うまく報告、連絡、相談できず、その結果、上司、先輩、お客様とうまく行かないこともあります。
同僚、先輩、後輩、部下とコミュニケーションがうまく行かず、仕事に支障がでてしまう。
子どものママ友とうまく雑談ができない。保護者会で話せない、その場にいるだけで緊張してしまう。近所づきあいが苦痛。たわいもない雑談が苦手な人も、実はかなり多くいらっしゃいます。

症状

精神的な症状は、不安、緊張、トラウマ、予期不安です。
予期不安とは、また同じような症状が出て嫌な思いをするのではないかと勝手に想像し、「予期して」不安になることです。
強い不安、緊張は、自分ではコントロールできず、頭がまっしろになって、働かなくなり、何を言っているのか分からなくなり、言葉が出なくなってしまうこともあります。相手に自分の考えが思っているように伝わらず、パニックになります。

身体の症状は次のようなものがあります。
声が震え、早口で小さくなり、かすれます。
マイクを持つ手が震えてしまう、立っていれば膝が震えます。顔がこわばる。顔が赤くなる。汗が止まらない。口がかわく。
心臓の鼓動が大きくなり、脈が速くなります。息苦しくなり、のどがつまるような感じがする。
お腹が痛くなる。トイレが近くなる。
めまいがする。ぼーっとする。ふらふら、ふわふわする。

限局型と全般型

SADには、限局型と全般型の2種類があります。
症状の出方も、治療法も、やや異なります。
限局型は、プレゼンや会議など、特定の状況でだけ、症状が見られるもので、全般型は、比較的常に緊張状態が続き、特に職場など、人の多いところでは、リラックスできず、ぐったりと疲れやすいタイプの人を言います。

一般的に、限局型は、普段は問題がないので、その状況だけ、安定剤などをのんで、症状を抑えて、その状況に慣れて行きます。
薬を飲むと、症状が全く、またはほとんど出なくなりますので、あとは出来るだけ苦手な状況を多く経験して、場数を踏んでいくことです。時間はかかりますが、次第に自信をつけていき、薬の服用回数が減っていきます。
数年経つと、「大きな会議では念のために服用しますが、よくある状況では、多少は緊張しますが服用しなくても問題無くなりました」と話される方が多いです。数年かかるとしても、確実に改善していきます。

全般型は、職場や学校などで、常に緊張を感じているため、精神的疲労が続いて、ひどくなると、うつ病にも発展してしまうこともあるため、軽い抗うつ薬をメインに使うと効果が高いです。大勢の人の中にいると緊張しやすいのは、「気質」といって生まれつきのものであり、人口の2割以上もいらっしゃいますので、ある意味仕方ないのですが、こちらも服薬で、緊張感がかなりやわらいでいきます。薬による効果と、年齢効果(私が勝手に作った言葉です)によって、年齢によって経験値が上がり、緊張感が軽減していきます。

性格? それとも 病気?

SADのひとは、気遣いが出来て、優しくて、穏やかで、細やかなひとがほとんどです。これらは長所なのですが、長所の裏かえしは短所になってしまうことがあります。過ぎたるは及ばざるが如しです。治療によって、程よい程度に抑えられれば、短所は消えて、長所が前面にでてきます。

以前は、これは自分の性格なのだからと、あきらめてしまっていたかたがほとんどでした。
気の持ちようだ、考え方しだいだ、と自分で言い聞かせたり、人から言われたりしたことがきっとあると思います。しかし、気持ちや考え方で、何とかなっていれば、こんなに苦労はして来ないのにという思いも強いと思います。

病気としてきちんと捉え、治療していけば、かなり確実に治ることが分かっています。当院でも15年の実績でそのように言えます。
確実に改善するとはいえ、治療は長期にわたるので、きちんとした治療方針が重要です。薬物療法が重要ですが、認知行動療法や読書療法が薬の効果を高めます。
全般型社交不安障害は、長くなり、重くなると、うつ病、双極性障害、アルコール依存症、統合失調症などに発展することもあるので要注意です。

慢性的うつ

若い頃から、じわじわとゆっくりうつ状態になるので、自分でも気付きません。自分の性格かと思っているかたもいます。
親や友人は、努力や気の持ちようで変えられるなんて、励まし勇気づけてくれるひともいるでしょう。しかし、その人は親切で言ってくれたとしても、自分のこれまでの苦労を全く理解してくれていないとがっかりして暗い気持ちになってしまいます。
慢性的なストレスがかかって、慢性的な軽度のうつ状態になっているのであれば、治療によって、その悪循環を断ち切ることができれば、本来の自分が取り戻せます。

性格傾向

この病気になりやすいかたは、一生懸命に物事をやったり、考えたり(悩んだり)する傾向があります。
よくなるためには、努力は惜しまないという方がほとんどです。
もともと、努力家で、誠実なので、仕事や勉強など成功することが多いのですが、ついついやりすぎてしまうことがあり、対人関係でも、考えすぎて、神経過敏になって、ストレスをためこんで、悪循環にはまってしまうのです。
そういうことも、自分では理解されているかたは少なくないのですが、頭で分かっていても、感情や身体が勝手に反応してしまうのですから、それは大変な苦痛です。分かっているけれど自分ではどうにもならない悪循環は、薬などによる治療で好循環に逆回転させることができます。

治療法-悪循環を断ち切る

苦手、不安、怖い、という感情や、さまざまな自律神経系の身体の症状が何度も現れると、ますます自信をなくしてしまい、マイナスのスパイラル、悪循環におちいります。
悪循環を断ち切って、対人関係のストレスによってうまく外に出せなくなっている、本来の自分を引き出していくことが、治療方針です。
性格が程度を超して、生活に支障が出てしまうと、病気と判断されるわけですから、病気の部分の治療と、性格の部分の変化が必要になっていきます。
症状を薬で緩和して、生活の支障がほぼ無くなった状態で、毎日の生活を送っていると、知らず知らずのうちに、症状が消失していきます。
気分も安定して、それまで心理的に窮屈な毎日を送っていたのがラクに楽しくなっていきます。本当の自分が、自然に外に出せるようになって行きます。
うつ状態についても、ストレスが常にかかり続けて、うつ状態になっているのですから、薬物療法が非常に有効です。薬物療法によって、ストレスを軽減すれば、うつ状態から回復して、本来の自分を取り戻せるようになってきます。

薬物療法

限局型では、安定剤と、βブロッカーという自律神経に効果がある薬を併用すると、非常に効果が有ります。
薬の使い方には、コツがありますので、今まであまり効果が見られなかったかたでも、ご相談下さい。

全般型では、不安や緊張をやわらげる効果のあるSSRIと呼ばれる、副作用のほとんどない軽い抗うつ薬を使います。セロトニン神経系と呼ばれる脳内の神経系に働きかけ、その機能をサポートし、ストレスから守ってくれる薬だと考えるといいでしょう。継続的に服用することで、徐々にセロトニン神経系の働きを正常化していき、いろいろなストレスに強くなります。
ストレスにさらされていると、不安や緊張を感じやすくなり、のびのびとリラックスした本来の自分が出せません。SSRIは、ストレスから守り本来の自分を出しやすくする効果があります。
自分を表現する力が身についてきて、会社などのコミュニティの中で、次第にストレスを受けにくくなってくると、悪循環を抜け出して、良いサイクルが回り始めます。その結果、SSRIという薬も徐々に減って行き、最終的には中止できることが多いです。

認知や行動の変化

薬のサポートをきっかけにして、良い方向に回転し出したら、知らず知らずのうちに、認知行動療法も始まっています。
うつ症状が改善すれば、ものの見方、とらえ方は良い方向に自然に変わっていきますし、自然と行動も積極的になっていきます。認知や行動の変化が起こっていきます。

行動療法

薬の力を借りて、自然にまかせて、ゆっくり良くなっていくのを待つ方法でも結構です。無理をしないほうが、急がば回れで、早く改善していくことも多いです。一方、行動療法として、意識的に行動してみる方法も、努力が好きでより早く改善させたい人にはよいかもしれません。
今までは、苦手な場面を、何とか回避しようとしてきたと思います。回避はしなくても、我慢と忍耐で何とか乗り越えてきたかたも多いでしょう。しかし、その方法では、プレゼンなど大事な場面で、本来の能力がほとんど発揮できずに、つらい悔しい思いをしてきたことでしょう。
薬で症状をコントロールしながら、成功体験を積み重ね、失敗の悪循環から抜け出すことが目標です。1回でも多く苦手な状況に対して場数を踏むことが大切です。場数による慣れが重要です。薬を使う前は、場数を踏んでも、慣れるどころか、逆に失敗してトラウマが大きくなることのほうが多かったと思いますが、薬を飲むと、緊張はしても、失敗しませんから、場数が踏めて、慣れて行き、自信がついて行きます。苦手な状況にチャレンジするのは、最初は、不安緊張や身体の症状で少し辛いかもしれませんが、薬で症状がコントロールできていれば、意外にうまく行き、成功体験となります。
まず薬で症状をコントロールし、不安緊張の負のスパイラルから抜け出し、「場数」「慣れ」「成功体験」という3つの言葉を常に思い出して、心配せずにチャレンジしてみてください。自信を取り戻すことができます。これが、行動療法です。
チャレンジする機会が多ければ多いほど、成功体験も早く積み重なり、必ず自信がついていきます。
十分に自信がついたら、薬を減らしていくことができます。

認知療法 ー 強迫観念とトラウマからの脱出

二つの強迫観念から脱する方法を認知療法と言います。
過去に対する強迫観念トラウマ
特に最初に失敗してしまった時のことが忘れられず、トラウマとなって、なかなかチャレンジできず、「場数」を踏めない場合があります。不安、緊張でつらい思いをしたときのことが、頭から離れないのです。
過去の事実は変えられません。しかし、成功体験を積み重ねることによって、過去の記憶を上書きすることはできます。心理学で分かっていることは、記憶は消すことは出来ないけれど、記憶を思い出す際に伴う、つらく嫌な感情は思い出さないようにすることが出来ます。感情が切り離されるわけです。そのような方法のひとつが、成功体験による記憶の上書きです。勇気を持って未来に進むことが、過去を過去のものとする唯一の方法です。

対人関係における強迫観念気遣いタイプ、過剰適応タイプ
明るくいなければいけない、人とうまくやっていかなければいけない、人と合わせなければいけない、人に嫌われてはいけないという強迫観念が強くありませんか。「すべき思考」というのですが、「すべき思考」は、メンタル不調の大きな原因になることがわかっています。
なかなか難しいかもしれませんが、「自然体で、無理をしないで」と、いつも自分に言いきかせて下さい。
ただ、自分らしくありさえすれば良いのです。
無理をせず自然な人間関係がもてれば、ゆっくりと、自然に、自分らしさが、表に出てきます。
意識的に心がけてみてください。

少し脱線しますが、「言いきかせ法」は、臨床心理学でも、かなり効果が有ることが分かっています。
自分で自分に言いきかせることを継続し、諦めずに小さな行動を積み重ねることで、結果的に多きな事を成し遂げたひとは沢山います。
逆に言うと、物事を達成するためには、諦めず自分に言いきかせることから始まるのです。
言いきかせとは、少し意味が異なるかもしれませんが、英語で言うと、affirmation(アファーメイション)です。self-affirmation exercise は、自己肯定訓練と訳します。
個人的な解釈としては、自分自身が大切であること、自分らしくあること、自分にとって大切なこと、自分がすべきこと、自分にとってすべきでないことを常に確認して、自分自身に対して言いきかせ、自己肯定をすることが、affirmation(アファーメイション)だと思っています。